西郷吉兵衛の墓

西郷吉兵衛の墓

西郷吉兵衛の墓

 

西郷吉兵衛は、あの西郷隆盛の父親です。

 

ニャンと!

 

 

西郷吉兵衛の墓は、鹿児島市常盤2丁目の西郷家の墓にあります。

 

この記事では、吉兵衛の人生を簡単に紹介します。

 

 

西郷吉兵衛の人生

誕生

西郷龍右衛門の墓

西郷龍右衛門の墓

西郷常の墓

西郷常の墓

 

文化6年(1806年)、吉兵衛は龍右衛門と常>の長男として生まれました。

 

兄弟は、いニャかったのかニャ?

 

 

吉兵衛には、弟の小兵衛がいました。

 

小兵衛は大山家の養子となり、大山綱昌と名乗ります。

 

その綱昌の次男が、のちの陸軍大将・大山巌です。

 

 

 

 

大家族

西郷隆盛誕生地

西郷隆盛誕生地

 

吉兵衛は椎原権兵衛の娘・満佐と結婚し、7人の子宝に恵まれます。

 

頑張りすぎニャ!

 

 

家族は、最大11人。

 

しかし、家禄は47石(約282万円)。

 

そのため、日置島津家と赤山家の会計係を副業的に務めます。

 

この縁で隆盛は桂久武と仲良くなり、赤山靭負を実の兄のように慕いました。

 

 

 

 

お由羅騒動

お由羅屋敷

お由羅屋敷

 

しかし赤山は、お由羅騒動によって嘉永3年(1850年)に切腹します。

 

ニャニーっ!

 

 

赤山を介錯したのは、一般的に吉兵衛と言われています。

 

しかし実際は、撃剣家の加藤新平が務めました。

 

吉兵衛は、赤山の遺体の後処理をし、血染めの肌着を隆盛に渡しました。

 

 

 

 

死去

西郷吉兵衛の墓

西郷吉兵衛の墓

 

嘉永5年(1852年)、父・龍右衛門が亡くなって間もなく、吉兵衛も病に伏して死去しました。

 

長生きして息子達の活躍を見て欲しかったニャー。

 

 

さらに同年、後を追うように妻・満佐も亡くなります。

 

嘉永5年(1852年)は、西郷家にとって悲しい年となりました。

 

 

 

 

西郷吉兵衛の墓のアクセス・駐車場・料金

営業時間自由
場所鹿児島市常盤2丁目2-14
料金無料
駐車場なし
アクセス鹿児島空港から車で40分
鹿児島中央駅から車で10分
鹿児島中央駅から徒歩20分
花岡通バス停から徒歩5分

 

 

西郷吉兵衛の墓の地図

→ Googleマップの大きな地図で見る

 

 

西郷吉兵衛の墓の総評

 

ちなみに西郷家の墓には、『西郷吉兵衛の墓』が、複数あります。

 

どういうことニャ?

 

 

西郷家では、吉兵衛の名が長い間受け継がれていました。

 

そのため、同名の御先祖の墓が複数あります。

 

しかし西郷家の墓には、どのお墓が誰のものが、案内板がないのです。

 

 

じゃあ、西郷の父の吉兵衛と、そうじゃない人の吉兵衛の墓は、どうやって見分ければいいのニャ?

 

吉兵衛の法号は、『自覚院祖栄忠道居士』。

墓の前面に『自覚院』と彫られているのが、吉兵衛のお墓です。

 

 

よーく探せば、1分以内に見つかるはず。

 

妻・満佐の墓の隣です。

 

 

関連記事

 

 

 

 

 

 

西郷吉兵衛の墓の関連記事

 

 

 

 

参考文献はこちら

 

 

 

 

 

 

-西部エリア
-お由羅, 加藤新平, 大山巌, 大山綱昌, 桂久武, 椎原権兵衛, 西郷吉二郎, 西郷吉兵衛, 西郷小兵衛, 西郷常, 西郷従道, 西郷満佐, 西郷隆盛, 西郷龍右衛門, 赤山靭負

© 2021 KAGOPIC Powered by AFFINGER5