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大久保利通生い立ちの地

投稿日:2018年7月21日 更新日:

大久保利通生い立ちの地

大久保利通生い立ちの地

大久保利通西郷隆盛は、近所に住んでいたんだよね。

 

はい。

徒歩1分の場所に、互いの屋敷がありました。

 

 

大久保利通生い立ちの地は、鹿児島市加治屋町にあります。

 

この記事では、同地の見どころや概要、逸話を紹介します。

 

 

 

 

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大久保利通生い立ちの地の見どころ・概要

出入口

出入口

出入口

こちらが、生い立ちの地の出入口です。

 

木がたくさんあるねー。

 

 

生い立ちの地の木々は、クスノキです。

 

出入口は道路沿いのほか、甲突川沿いの遊歩道にもあります。

 

 

石碑

石碑

石碑

石碑

石碑

ん?

よく見ると、『誕生之地』と彫ってある。

ここは、生い立ちの地じゃなかったっけ?

 

はい。

大久保は、甲突川を挟んだ隣の高麗町で生まれました。

 

 

誕生之碑と彫られた経緯は、誤伝によるもの。

 

高麗町にある本来の大久保利通誕生地には、比較的新しい石碑が建っています。

 

 

 

 

牧野伸顕誕生地之碑

牧野伸顕誕生地之碑

牧野伸顕誕生地之碑

牧野伸顕(のぶてる)って、だーれ?

 

大久保の次男として生まれた、明治・大正・昭和の政治家です。

 

 

大きな石碑の隣に、牧野伸顕誕生地之碑が建っています。

 

生まれて間もなく牧野家に養子に出されましたが、幼少時に養父が亡くなったため、牧野姓のまま大久保家で育てられました。

 

 

石板

石板

石板

石板

石板

石碑の隣に、石板が建ってるね。

 

石板には、この地が整備された経緯が彫られています。

2つとも、 明治22年(1889年)に建てられました。

 

 

なお、加治屋町の西郷隆盛誕生地にも、同じ大きさの石碑石板が建てられました。

 

西郷従道大山巌らは、2人の遺跡が消滅することを憂慮し、石碑と石板を建立したのです。

 

 

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大久保利通生い立ちの地の逸話

加治屋町に住んでいた当時のエピソードを知りたいな~。

 

では、いくつか紹介しますね。

 

 

お由羅騒動

お由羅屋敷

お由羅屋敷

嘉永3年(1850年)、島津斉彬の藩主就任を望んでいた父の次右衛門が、お由羅騒動により入獄されました。

 

その後、大久保一家はどうなったの?

 

 

次右衛門は琉球館附役を罷免され、喜界島へ遠島。

 

大久保も記録所書役助を罷免され、閉門と禁足が命じられました。

 

無給となり、豪商の森山新蔵に借金するなど、お由羅騒動は大久保家に大きな試練を与えました。

 

 

 

 

西郷隆盛との仲

西郷隆盛誕生地

西郷隆盛誕生地

お由羅騒動の余波で困窮した大久保を、西郷は家に招き、よく食事を与えました。

 

大久保と西郷って、仲が良かったんだね。

 

 

ほぼ毎日、西郷が大久保の家に行き、西郷が来なければ大久保が行くというほど、2人の仲は良好でした。

 

大久保が閉門中であっても、西郷は内密話をしに来たと、妹3人が後年のインタビューで答えています。

 

 

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南林寺に通う

松原神社

松原神社

大久保は閉門中、遠島になった次右衛門の無事を祈り、毎朝未明に家を出て南林寺に参拝し続けました。

 

大久保といえば冷徹というイメージがあるから、お寺に通ったのは意外。

 

 

 

 

赦免と復職、次右衛門の帰藩

でも、いつかは許されたんだよね?

 

はい。

免職から3年後の嘉永6年(1853年)、大久保は赦免され、藩記録所御蔵方役となります。

 

 

安政元年(1854年)には次右衛門も許され、翌安政2年(1855年)に鹿児島へ戻ります。

 

こうしてまた、家族一緒に暮らすことになりました。

 

 

満寿子との結婚

大久保満寿子誕生地

大久保満寿子誕生地

安政4年(1857年)、大久保早崎七郎右衛門の次女・満寿子と結婚します。

 

やっと、当時の人並みの幸せを手に入れたんだね。

 

 

満寿子は長男・利和や次男・伸顕などを生み、子宝に恵まれました。

 

また大久保自身、非常に子煩悩でした。

 

 

 

 

朝風呂

鶴丸城跡

鶴丸城跡

文久元年(1861年)、大久保は御小納戸役に大抜擢されます。

ただの下級武士から藩政に参加できる立場となり、国父・島津久光に直接意見を述べられるようになりました。

 

いきなりの大出世!!

 

 

久光の側近となった大久保は登城前、朝風呂に入って体を清めました。

 

後に明治政府内で対立する2人ですが、当時の大久保は久光に敬意を払っていました。

 

 

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引越し

大久保家族は、ずっと加治屋町に住んでいたの?

 

いいえ。

文久3年(1863年)、新照院町に引っ越しました。

 

 

この時、大久保は34才。

 

御側役就任という、これまたスピード出世を果たした年でした。

 

 

大久保利通生い立ちの地の基本情報

営業時間 自由
場所 鹿児島市加治屋町3-26
料金 無料
駐車場 なし
アクセス 鹿児島空港から車で40分
鹿児島中央駅から車で5分
鹿児島中央駅から徒歩10分
まち巡りバス
維新ふるさと館前から徒歩1分
カゴシマシティビュー
維新ふるさと館前から徒歩3分

 

 

なお、大久保利通生い立ちの地へのアクセスは、ナビアプリを使うとスムーズです。

 

 

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NAVITIME

 

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大久保利通生い立ちの地の地図

Googleマップの大きな地図で見る

 

 

大久保利通生い立ちの地の総評

クスノキが多いから、夏場でも涼しいね。

 

ベンチもあって、良い休憩場所です。

 

 

すぐ近くには、幼少時の大久保が遊んだ甲突川が流れています。

 

川沿いを散策するのも、オススメです。

 

 

また周辺には、以下の観光スポットがあります。

 

 

こちらにも、ぜひどうぞ。

 

 

 

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