徳川慶喜

天璋院篤姫像

天璋院篤姫像   天璋院篤姫って、だーれ?   江戸幕府の第13代将軍・徳川家定に嫁いだ、島津家分家の姫です。     天璋院篤姫像は、鹿児島市城山町の鶴丸城にあります。   この記事では、篤姫の人生を簡単に紹介します。     天璋院篤姫の人生 誕生 今和泉島津家本邸跡   天保6年(1836年)、篤姫は島津家の一門・今和泉島津家に生まれました。 幼名は、於一(おいち)といいました。   ふむふむ。   ...

幾島招魂墓

幾島招魂墓   幾島って、だーれ?   13代将軍・徳川家定に嫁いだ篤姫の教育係でした。     幾島招魂墓は、鹿児島市唐湊2丁目の唐湊墓地にあります。   この記事では、幾島招魂墓の概要や、幾島の人生を簡単に紹介します。     幾島招魂墓の概要 出入口 出入口   幾島招魂墓は、唐湊墓地の西端付近にあります。 まず、写真右上の青い建物を見つけて下さい。 次に、出入口にあたる船倉家と南家の墓を探して下さい。   こ ...

島津斉彬公御陣屋跡

島津斉彬公御陣屋跡   ここは、どういう場所だったの?   幕末に調練場が置かれ、洋式砲術の訓練が行わました。     島津斉彬公御陣屋跡は、鹿児島市の下荒田2丁目にあります。   この記事では、安政5年(1858年)に、斉彬が大演習を行った経緯を紹介します。     島津斉彬が大演習を行った経緯 堀田正睦の上京 堀田正睦肖像画   安政5年(1858年)当時、アメリカと通商条約を結ぶか否か、幕府内部で意見が割れていました。 ...

楠公神社跡

楠公神社跡   漢字に弱くてごめん! 「くすこう神社跡」って読むの?   惜しいです! 「なんこう神社跡」と読みます。 楠公とは、かつて後醍醐天皇を助けた忠臣・楠木正成のことです。 戦前は、大楠公として崇められました。     楠公神社跡は、鹿児島市石谷町にあります。   この記事では、楠公神社跡の概要や、歴史と逸話を紹介します。     楠公神社跡の概要 出入口 出入口   楠公神社跡の出入口は、市道に面しています。 案内板 ...

益満休之助の墓

益満休之助の墓   益満休之助って、だーれ?   幕末に江戸で撹乱工作を実行し、戊辰戦争のきっかけを作った人物です。     益満休之助の墓は、鹿児島市草牟田1丁目の草牟田墓地にあります。   この記事では 墓の概要 益満の後半生 を、簡単に紹介します。     益満休之助の墓の概要 草牟田駐車場 駐車場   益満の墓に行くにはまず、草牟田墓地の駐車場を見つけて下さい。 国道3号線から曲がると、すぐに見えます。   ...

小松帯刀屋敷跡

小松帯刀屋敷跡   小松帯刀って、何処に住んでいたの?   島津家の居城だった鶴丸城(鹿児島城)周辺に住んでいました。     小松帯刀屋敷跡は、鹿児島市山下町にあります。   この記事では、屋敷跡の概要や逸話を紹介します。     小松帯刀屋敷跡の概要 井後眼科ビル 井後眼科ビル   現在、小松帯刀屋敷跡には、井後眼科ビルが建っています。 訪れるには、この黄土色の建物を探して下さい。   はいはーい。   ...

小松帯刀像(鹿児島市)

小松帯刀像(鹿児島市)   小松帯刀って、だーれ?   薩長同盟や大政奉還を実現させた、歴史的人物です。 幕末での功績は、西郷隆盛や大久保利通以上といっても差し支えありません。     小松帯刀像は、鹿児島市山下町にあります。   この記事では、小松の人生を簡単に紹介します。     小松帯刀の人生 誕生・婿入り 小松帯刀屋敷跡   天保6年(1835年)、喜入領主・肝付兼善の三男として、尚五郎は生まれました。   ...

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