その褒美で、調所は平之町の屋敷を賜りました。
調所笑左衛門広郷邸跡は、鹿児島市平之町にあります。
この記事では、調所広郷による財政改革を紹介します。
調所広郷による財政改革
島津重豪の借金
薩摩藩の文化水準向上に、貢献しました。
一方、それに伴う
- 支出
- 蘭癖ぶり
- 高利貸しからの借金
で、負債は最大500万両まで膨れ上がりました。
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財政改革主任
そこで重豪は、琉球口貿易を担当して利益を出していた調所を、藩の財政改革主任に抜擢。
文政11年(1828年)、調所53歳の初夏でした。
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2つの追加命令
これに気を良くした重豪は、天保元年(1830年)、以下2つの命令を新たに与えました。
- 50万両の備蓄の蓄え
- 古い借金証文の取り返し
そこで調所は、主に次の手法を採用しました。
黒砂糖の専売制強化
年20万両弱の収入しかないんでしょ?
調所は以下の政策を実施し、藩の収入を着実に増やしました。
- 特産品の品質改良と増産
- 販売方法の改善
- 琉球口貿易と、それを隠れ蓑とした密貿易の拡大
なかでも黒砂糖は、10年間に235万両を売り上げた稼ぎ頭でした。
しかし奄美大島、徳之島、喜界島の3島では、砂糖地獄と呼ばれるほどの厳しい取り立てが行われました。
指先につけて舐めれれば、鞭打ち。
サトウキビの盗み食いは、たとえ相手が子供でも、棒しばりにして晒しました。
借金の250年無利子返済
「借金を無利子で250年に渡って返済する」
と、一方的に宣言します。
借金の250年無利子返済に対し、商人達は町奉行に訴えます。
しかし調所は、幕府に10万両を献上するなどの裏工作を事前に進めており、不平不満の押さえ込みに成功しました。
調所笑左衛門広郷邸跡のアクセス・駐車場・料金
営業時間 | 自由 |
場所 | 鹿児島市平之町5-2 |
料金 | 無料 |
駐車場 | なし |
アクセス | 鹿児島空港から車で40分 |
鹿児島中央駅から車で5分 | |
鹿児島中央駅から徒歩15分 | |
まち巡りバス 鹿児島中央駅から徒歩15分 |
|
カゴシマシティビュー 鹿児島中央駅から徒歩15分 |
調所笑左衛門広郷邸跡の地図
調所笑左衛門広郷邸跡の総評
弘化4年(1847年)には50万両の備蓄に成功し、鶴丸城二ノ丸の宝蔵に納めます。
そのお金が、のちの集成館事業を支えました。
歴史は一面的ではなく、多面的に見る必要があることを教えてくれるスポットです。
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