川路利良誕生地は、鹿児島市皆与志町にあります。
この記事では、川路利良誕生地の概要や、逸話を紹介します。
川路利良誕生地の概要
出入口
出入口の、大きな樹木が目印です。
ここを昇ってみましょう。
これも目印になるね。
石碑
立派!!
警察制度創設百年記念碑
この碑には、川路の人生が刻まれています。
川路利良誕生地の逸話
誕生・出仕
家格は与力。
身分としては、相当低い地位でした。
嘉永2年(1849年)、川路は16歳で藩に出仕し、兵具方与力附になります。
比志島(皆与志町)の生家から鶴丸城までの約12kmを、毎日歩いて通勤。
仕事が終わると、また同じ道を歩いて帰る健脚ぶりでした。
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剣術場
同年、鷹師馬場(薬師町)の土地6畝を藩から貰い受け、一家は城下に移りました。
移住から13年後の慶応2年(1866年)、川路は誕生地に剣術場を設立します。
城下から再び12km歩き、青年達を指導。
後年の戊辰戦争で青年達は、〈比志島抜刀隊〉として活躍しました。
西南戦争
西郷隆盛の暗殺を謀ったして、大警視の川路は県民に恨まれました。
乱心した群集は、鷹師馬場の川路屋敷を破壊。
比志島の生家も壊され、剣術場も荒廃しました。
石碑建立と道場再興
石碑は当初、元連合艦隊司令長官・東郷平八郎に揮毫して貰う予定でした。
しかし、東郷は依頼を拒否。
一説には、西郷びいきだったため断ったと言われています。
昭和43年(1968年)には、誕生地で崖崩れが発生し、剣術場が損壊。
その後、跡地にゲートボール場が整備され、現在に至ります。
川路利良誕生地のアクセス・駐車場・料金
営業時間 | 自由 |
場所 | 鹿児島市皆与志町4131 |
料金 | 無料 |
駐車場 | なし |
アクセス | 鹿児島空港から車で35分 |
鹿児島中央駅から車で30分 | |
大警視バス停から下車すぐ |
川路利良誕生地の地図
川路利良誕生地の総評
川路の功績を考えると、もっと注目されても良いスポットと思います。
チェック
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