介錯で歴史に名を残したと言っても、過言ではありません。
別府晋介の墓は、鹿児島市上竜尾町の南洲墓地にあります。
この記事では、別府晋介の最期を紹介します。
別府晋介の最期
遺書
翌朝の総攻撃を、政府軍が予告したためです。
他の兵士たちも、同様に遺書を書いたろうね。
なお、別府の遺書は、西郷南洲顕彰館に展示されています。
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西郷を介錯
そして午前6時頃、別府は西郷や幹部達と、洞窟から大保塁のある岩崎口まで下り、最後の戦いに挑むことを決めました。
その下る途中、西郷が腹と股に被弾します。
動けなくなった西郷は、別府に介錯を依頼。
「御免なったもんせーっ!(お許し下さい!)」
と、別府は涙ながらに叫び、一閃で首を落としました。
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別府の最期
その後の別府は、弾雨のなか撃たれたとも、切腹したとも言われています。
西郷の首は大雨によって露出し、政府軍の千田登文に発見され、旧浄光明寺(現在の南洲墓地)にいた参軍、山県有朋と川村純義に届けられました。
別府の遺体も同地に運ばれ、仮埋葬された後、現在の墓が建てられました。
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別府晋介の墓のアクセス・駐車場・料金
営業時間 | 自由 |
場所 | 鹿児島市上竜尾町2-1 |
料金 | 無料 |
駐車場 | 無料 |
アクセス | 鹿児島空港から車で40分 |
鹿児島中央駅から車で10分 | |
まち巡りバス 南洲公園入口から徒歩5分 |
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カゴシマシティビュー 西郷南洲顕彰館前から下車すぐ |
別府晋介の墓の地図
桐野利秋の墓の総評
介錯したのは桐野利秋との説もありますが、大内山が見間違いや勘違いをした可能性は、かなり低いと思いますよ。
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