篠原国幹誕生地は、鹿児島市加治屋町にあります。
この記事では、篠原の人生を簡単に紹介します。
篠原国幹の人生
誕生
幼少期より造士館で学び、野太刀自顕流2代目・薬丸兼義に習うなど、文武両道に励みました。
寺田屋事件・薩英戦争
翌年の文久3年(1863年)、薩英戦争前に謹慎を解かれ、沖小島砲台の守備に就きました。
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戊辰戦争・上野戦争
上野戦争での黒門口攻めで、その勇猛さから世に知られ、賞典禄8石を与えられました。
陸軍少将
明治6年(1873年)の日本陸軍初演習で指揮を執り、感心した明治天皇が
「篠原に習え」
と褒めたことから、演習地が習志野と名付けられました
私学校監督
翌年の明治7年(1874年)、西郷が創設した私学校で、銃隊学校の監督に就きました。
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西南戦争・戦死
篠原は、一番大隊長として部下2,000人を率いるも、熊本・吉次峠の戦いで戦死。
墓は、鹿児島市の南洲墓地にあります。
篠原も、そのうちの1人だったんだ......。
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篠原国幹誕生地のアクセス・駐車場・料金
営業時間 | 自由 |
場所 | 鹿児島市加治屋町10 |
料金 | 無料 |
駐車場 | なし |
アクセス | 鹿児島空港から車で40分 |
鹿児島中央駅から車で5分 | |
鹿児島中央駅から徒歩10分 | |
まち巡りバス 維新ふるさと館前から徒歩3分 |
|
カゴシマシティビュー 維新ふるさと館前から徒歩5分 |
篠原国幹誕生地の地図
篠原国幹誕生地の総評
もっとスポットがあたっても良いと思います。
鹿児島市の鹿児島中央高校にある、篠原国幹の誕生地。
明治6年(1873年)4月29日より千葉県で行われた日本陸軍初演習で、彼は指揮を執ります。
その見事な指揮に感心した明治天皇が、「篠原に習え」と褒めた言葉から、習志野の地名が生まれました。#西郷どん #鹿児島 #千葉 pic.twitter.com/CFOcrbWyK5
— Sakura Junichiどん (@kagopic) 2017年9月8日
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