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西郷隆盛誕生地

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西郷隆盛誕生地の石碑

石碑

西郷隆盛が生まれた場所に、行ってみたいなー。

 

鹿児島中央駅近くにあるので、簡単に行けますよ。

 

西郷隆盛誕生地は、鹿児島市の加治屋町にあります。

 

この記事では、誕生地の見どころや、当時の暮らしぶりを紹介します。

 

西郷隆盛誕生地の出入口

西郷隆盛誕生地の出入口

出入口

ここが、西郷隆盛誕生地の出入口です。

 

わくわく。

 

出入口は、2ヶ所あります。

 

入場無料で、出入りも自由です。

 

西郷隆盛誕生地の見どころ

石碑

西郷隆盛誕生地の石碑

石碑

立派な石碑ーっ!。

 

この石碑は、明治22年(1889年)3月20日に建てられました。

 

近所の大久保利通生い立ちの地にも、まったく同じ大きさの石碑が建てられています。

 

西郷従道誕生之地の石碑

西郷従道誕生之地の石碑

西郷従道誕生之碑

ん? よく見ると、石碑の隣に、もう1つ小さな石碑がある!

 

海軍大臣を務めた西郷従道も、この地で生まれました。

 

天保14年(1843年)5月4日、西郷従道は、西郷家の三男として、兄の隆盛と同じく加治屋町で生まれました。

 

明治10年(1877年)の西南戦争では、立場上、敵味方に分かれました。

 

石板

西郷隆盛誕生地の石板

石板

西郷隆盛誕生地の石板の裏

石板の裏

隣にある石板は、なーに?

 

これは、誕生地が整備された経緯を記した石板です。

 

石板は、石碑と同じく、明治22年(1889年)3月20日に建てられました。

 

石板裏には、誕生地整備の発起人である弟の従道や、陸軍大将だった大山巌の名前が刻まれています。

 

これも石碑と同様、大久保利通生い立ちの地にもあります。

 

西郷従道邸庭園跡庭石

西郷隆盛誕生地にある西郷従道邸庭園跡庭石

西郷従道邸庭園跡庭石

石板裏の大きな石は、なーに?

 

これは、西郷従道邸にあった庭石です。

 

明治7年(1874年)、弟の従道は、東京の目黒に別邸を購入します。

 

明治6年(1873年)、征韓論に敗れて下野した兄が再び出仕すれば、一緒に住むつもりでした

 

西郷従道邸庭園跡庭石は、平成12年(2000年)12月、東京目黒区から鹿児島市に寄贈されました。

 

蓬莱竹の生垣

西郷隆盛誕生地の竹垣

蓬莱竹の生垣

よく見ると、西郷隆盛誕生地って、小さな竹に囲まれているね。

 

第2次世界大戦まで、加治屋町には蓬莱竹の生垣で囲まれた武家屋敷が残っていました。

 

西郷隆盛の生家にも、かつて蓬莱竹の生垣があったと考えられています。

 

加治屋町(西郷隆盛誕生地)での暮らし

西郷隆盛誕生地の石碑

石碑

ところで西郷隆盛って、誕生地に住んでいた時は、どういう暮らしをしていたの?

 

では、少し長くなりますが、ここ暮らしていた当時の西郷の人生や、逸話を紹介しますね。

 

体の弱かった幼少時

文政10年(1827年)12月7日、西郷隆盛は、吉兵衛満佐の長男として、この地に生まれました。

 

体が少し弱かったため、満佐は鰹節を煮出して、絶えず与えていました。

 

体が弱かったとは、意外!

 

その後は大きく育ち、藩校の造士館に通いながら勉学に励み、郷中教育で野太刀自顕流(薬丸自顕流)を学びました。

 

右腕の負傷

しかし、天保10年(1839年)の13歳の時、雨の降る造士館からの帰り道で、西郷に恨みを持つ上方限の長稚児・横堀三助に右腕を斬られ、神経を負傷します。

 

帰りが遅いのを心配して夕闇に立っていた満佐の姿を見て、西郷は泣きました。

 

この事件以降、腕が真っ直ぐ伸びなくなり、武門の道を諦めて学問に専念することになります。

 

刀で斬られて、痛かったでしょうね......。

 

明治10年(1877年)の西南戦争後、この右腕の傷が、首のない遺体が西郷であるという決め手の1つになりました。

 

 

貧しかった生活

その西郷が生まれ育った邸宅は、259坪の広さがあり、熊吉を含む3人の使用人が働いていました。

 

大金持ち!

 

実は、そうでもなかったのです。

 

西郷家の家格は、城下士として下から2番目の、御小姓与(ごしょうよ)。

 

最大時には11人の家族がいましたが、吉兵衛の年俸は47石(約282万円)しかなく、生活は貧しいものでした。

 

食事はサツマイモか、麦飯。

冬の夜は、1枚の掛け布団を引っ張り合い、寒さをしのぎました。

 

大変だあ......。

 

そのため朝早く、加治屋町から西別府の畑に通い、イモや麦を育て、夜に薪を背負って帰り、竹傘の骨削りの内職で家計を助けました。

 

でも、貧しくとも背は高かったんだね。

 

はい。

当時の日本人男性の平均身長は155cmでしたが、西郷は遺伝の影響で、176~180cmもありました。

 

弘化元年(1844年)、18才の時に藩に出仕し、郡方書役助として迫田太次右衛門利済(さこだたじえもんとしなり)の下で働きます。

 

しかし、年俸は4石(約24万円)。

 

10年間昇給はなく、暮らしは貧しいままでした。

 

関連記事

 

二才頭に就任

弘化2年(1845年)、19才で下加治屋町の二才頭となり、同じ加治屋町に住んでいた大山巌などの稚児達に、習字や読書などを生家で教えました。

 

先輩が後輩に勉学を教える、郷中教育のことだね。

 

その通り!

 

お由羅騒動

しかし、嘉永3年(1850年)3月4日、24才の時に、お由羅騒動で島津氏の分家・赤山靱負が自刃します。

 

赤山から目を掛けられていた西郷は、介錯人の吉兵衛から受け取った血染めの肌着を抱き、夜通し泣き明かしました。

 

ツライ......。

 

のちに側に仕えた島津斉彬が病気になった際、お由羅の呪詛を信じた西郷は、暗殺計画まで立てました。

 

また、親友の大久保利通も記録所書役助を免職となり、父の次右衛門は喜界島に流されました。

 

しかし、西郷は大久保をよく家に招き、食事を与えました。

 

優しいな~。

 

そして2年後、人生の大きな転機がやってきます。

 

 

結婚と死別

嘉永5年(1852年)の26才の時、親同士が決めて伊集院スガと結婚します。

 

しかし、同年

 

  1. 祖父・龍右衛門
  2. 父・吉兵衛
  3. 母・満佐

 

の3人を、相次いで亡くします。

 

  • 薬代
  • 葬式代
  • 墓代

 

が重なったため、ますます家計は苦しくなりました。

 

Oh......。

 

しかし、その2年後に再び大きな転機が訪れます。

 

参勤交代

安政元年(1854年)1月21日、28才の西郷は28代島津斉彬の参勤交代にお供し、鹿児島を出発しました。

 

実は、3年前の嘉永4年(1851年)2月2日に43歳で藩主に就いた島津斉彬は、すぐに言路洞開(げんろとうかい)を公示。

 

意見のある者は身分を問わず、建白書を藩に提出できるようになりました。

 

斉彬すごい......!

 

これに応じたのが、西郷でした。

 

西郷は

 

  • お由羅騒動
  • 藩政
  • 農政

 

関する建白書を、多数提出。

 

これをきっかけに斉彬に名前を覚えられ、中御小姓(ちゅうおこしょう)として、江戸詰めを命じられます。

 

出府後の西郷家は、次男の吉次郎と、嫁に出ていた長女のが支えました。

 

離婚

だけど、残された奥さんが可愛そう......。

 

この時スガは、西郷の祖母に加えて、弟妹5人と同居していました。

 

生活は苦しく、夫もおらず、6人の面倒を見なければならなかったスガの窮状を見かね、父親の伊集院兼善が実家に呼び戻します。

 

江戸の西郷は伊集院家と話し合いを重ね、安政元年(1854年)11月、正式に離婚しました。

 

上手くいくような、いかないような、そんな青年時代だったんだね......。

 

波乱万丈の人生は、生涯ずっと続きます。

 

生家の売却

そして、安政2年(1855年)12月、借金返済のため、加治屋町の生家を鎌田源次郎へ売渡。

 

上之園町の借家が、新たな棲家となりました。

 

営業時間・アクセス・料金など西郷隆盛誕生地の基本情報

  • 営業時間 / 自由
  • 場所 / 鹿児島市加治屋町5-2
  • 料金 / 無料
  • 駐車場 / なし
  • アクセス① / 鹿児島中央駅より車で5分 徒歩10分
  • アクセス③ / 維新ふるさと館前バス停(まち巡りバス)より徒歩1分
  • アクセス② / 維新ふるさと館前バス停(カゴシマシティビュー)より徒歩3分

 

西郷隆盛誕生地の地図

Googleマップの大きな地図で見る

 

西郷隆盛誕生地の総評

予備知識なしで行けば、滞在時間は10分未満で済みます(笑)

 

ここを訪れたとき

 

そういえば、こんな話があったニャ!

 

と、スマホで開いて読んでもらったら、ありがたいです。

 

また、周辺には

 

  • 大久保利通生い立ちの地
  • 維新ふるさと館
  • 伊地知正治誕生地の碑
  • 吉井友実誕生地

 

などの観光スポットがあります。

 

こちらにも、是非どうぞ。

 

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