有馬新七ゆかりの地

有馬新七ゆかりの地

有馬新七ゆかりの地

 

有馬新七さんって、どういう方だったのですか?

 

有馬は、熱烈な尊皇攘夷の志士でした。

反幕の挙兵計画を立てるも、国父・島津久光に派遣された鎮撫使と衝突。

最後は鎮撫使を道連れに串刺しされるという、壮絶な最期を遂げました。

 

 

有馬新七ゆかりの地は、鹿児島市内に4ヶ所にあります。

 

この記事では、すべてのスポットを紹介します。

 

 

有馬新七ゆかりの地

有馬新七居宅跡

有馬新七居宅跡

有馬新七居宅跡

 

万延元年(1860年)、有馬は石谷の領主・町田久成から、奉行として現地の統治を任されました。

赴任中に住んだ宅地跡には、石地蔵があります。

 

有馬さんは粛清されたので、供養の意味もあるかもしれませんね。

 

 

営業時間自由
場所鹿児島市石谷町
料金無料
駐車場駐車スペースあり
アクセス鹿児島空港から車で40分
鹿児島中央駅から車で20分
毘沙門バス停から徒歩3分

 

 

 

 

石谷の石坂

石谷の石坂

石谷の石坂

 

有馬は石谷に在任中、バクチなどの悪さをした青年達に、石畳を作らせました。

ぬかるんだ坂道は上り下りしやすくなり、非行も無くなったと伝わっています。

 

今も遺構が残ってるんですね~。

 

 

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営業時間自由
場所鹿児島市石谷町2988
料金無料
駐車場駐車スペースあり
アクセス鹿児島空港から車で40分
鹿児島中央駅から車で20分
毘沙門バス停から徒歩3分

 

 

 

 

楠公神社跡

楠公神社跡

楠公神社跡

 

また有馬は、在任中に、楠公(なんこう)神社を創建しました。

楠公とは、尊皇攘夷の志士に崇められていた、楠木正成のことです。

 

有馬さんの情熱が伝わりますね。

 

 

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営業時間自由
場所鹿児島市石谷町913
料金無料
駐車場駐車スペースあり
アクセス   鹿児島中央駅から車で15分
農協前バス停から徒歩5分

 

 

 

 

造士館・演武館跡

造士館・演武館跡

造士館・演武館跡

 

文久元年(1861年)、有馬は藩校・造士館の主任教授となりました。

教授になれたのは、すなわちエリートだったからと言っても差し支えありません

 

奉行や教授になったり、非行を止めさせたりと、有馬さんは優秀な方だったのですね。

 

 

 

 

営業時間自由
場所鹿児島市山下町4-1
料金無料
駐車場セラ602(中央公園地下)
30分150円
アクセス鹿児島空港から車で40分
鹿児島中央駅から車で5分
まち巡りバス
西郷銅像前から下車すぐ
カゴシマシティビュー
西郷銅像前から下車すぐ

 

 

 

 

有馬新七ゆかりの地の地図

→ Googleマップの大きな地図で見る

 

 

有馬新七ゆかりの地の総評

 

寺田屋騒動の事もあり、有馬は猪突猛進の侍として、ドラマや小説で描かれます。

しかし、決してそうとは言い切れない人物であることを、ゆかりの地巡りで感じるはずです。

 

有馬さんは、人の上に立つ器を持っていたのかもしれませんね。

 

 

 

 

参考文献はこちら

 

 

 

 

 

 

-偉人ゆかりの地
-島津久光, 有馬新七, 楠木正成, 町田久成

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