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開成所跡

投稿日:2018年7月16日 更新日:

開成所跡

開成所跡

開成所って、どういう所だったの?

 

西洋の学問と軍事科学を学ぶ、エリート養成学校でした。

 

 

開成所跡は、鹿児島市小川町にあります。

 

この記事では開成所の設立経緯、組織概要、科目を紹介します。

 

 

 

 

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開成所の設立経緯

小松帯刀・大久保利通・町田久成肖像写真

小松帯刀・大久保利通・町田久成肖像写真

文久3年(1863年)、薩英戦争が勃発し、鹿児島城下の1/10が焼かれます。

これにより、薩摩は西洋の脅威を肌で感じました。

 

被害が甚大だったんだね。

 

 

そこで、小松帯刀大久保利通町田久成の3人が中心となり、翌元治元年(1864年)に設立されました。

 

 

開成所の組織概要

教員

教員数は、時期により変動がありました。

多い時には、計34名の教授が授業を行いました。

 

結構、多いね!

 

 

この中に、ジョン万次郎前島密の2名がおり、生徒に英語などを教えました。

 

また、教員でありながら生徒である人物も複数いました。

 

 

生徒

造士館・演武館跡

造士館・演武館跡

生徒は藩校・造士館の中から、特に優秀な生徒70~80名が選ばれました。

 

なにせ、エリート養成学校だもんね。

 

 

生徒は稽古扶持、つまり給料に値する米をもらって学問を習いました。

 

一説には、生徒のモチベーションを上げるためと言われています。

 

 

 

 

開成所の科目

エリート養成学校ゆえ、学ぶ内容は多岐に渡りました。

 

例えば、どんな?

 

 

  1. 砲術
  2. 操練
  3. 航海
  4. 造船
  5. 兵法
  6. 蘭語
  7. 英語
  8. 物理
  9. 化学
  10. 築城
  11. 天文
  12. 地理
  13. 数学
  14. 測量
  15. 器械
  16. 分析
  17. 医学

 

 

以上、20近くにおよぶ西洋学問と軍事科学を学びました。

 

これは、城下を焼かれた薩英戦争の苦い経験に基づくものでした。

 

 

開成所から留学生を派遣

若き薩摩の群像

若き薩摩の群像

この生徒の中から、さらに選抜された生徒と句読師の計10名が、イギリスに留学することとなりました。

いわゆる、薩摩藩英国留学生です。

 

ふむふむ。

 

 

慶応元年(1865年)、留学生は海外渡航禁止令を破り、髷を切ってイギリスに留学。

 

英語や科学、法文などを学び、修了後は、それぞれの人生を歩みました。

 

 

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開成所跡の基本情報

営業時間 自由
場所 鹿児島市小川町1
料金 無料
駐車場 なし
アクセス 鹿児島空港から車で40分
鹿児島中央駅から車で10分
まち巡りバス
薩摩義士碑前から徒歩10分
カゴシマシティビュー
薩摩義士碑前から徒歩10分

 

 

なお、開成所跡へのアクセスは、ナビアプリを使うとスムーズです。

 

 

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NAVITIME

 

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開成所跡の地図

Googleマップの大きな地図で見る

 

 

開成所跡の総評

長澤鼎・森有礼肖像写真

長澤鼎・森有礼肖像写真

開成所から派遣された留学生の中には、カリフォルニアのブドウ王・長澤鼎や、初代文部大臣・森有礼がいました。

 

開成所って、軍事科目が主だったよね。

でもエリートなら、その枠外で活躍してもおかしくないね。

 

 

当時を偲ぶ物は、近年設置された看板のみ。

 

訪問前に、予習すると良いでしょう。

 

 

また周辺には、以下の観光スポットがあります。

 

 

こちらにも、ぜひどうぞ。

 

 

 

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