歴史上の人物・出来事ゆかりの地

永田熊吉ゆかりの地

投稿日:2018年11月6日 更新日:

永田熊吉ゆかりの地

永田熊吉ゆかりの地

永田熊吉って、だーれ?

 

西郷家の使用人で、生涯に渡って一家を支え続けた人物です。

 

 

永田熊吉ゆかりの地は、鹿児島市内に約10ヶ所あります。

 

当記事では、特に関係の深い5ヶ所を紹介します。

 

 

永田熊吉ゆかりの地

西郷隆盛・従道誕生地

西郷隆盛誕生地

西郷隆盛誕生地

西郷従道誕生地

西郷従道誕生地

いつから熊吉が西郷家の使用人となったのかは、不明です。

しかし、西郷隆盛を幼少時から世話していたことは確かで、時には叱ることもありました。

 

うんうん、そうでなくっちゃ!

 

 

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営業時間 自由
場所 鹿児島市加治屋町5
料金 無料
駐車場 なし
アクセス 鹿児島空港から車で40分
鹿児島中央駅から車で5分
鹿児島中央駅から徒歩10分
まち巡りバス
維新ふるさと館前から徒歩1分
カゴシマシティビュー
維新ふるさと館前から徒歩3分

 

 

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西郷南洲宅地跡

西郷南洲翁宅地跡

西郷南洲翁宅地跡

安政2年(1855年)、西郷家は借金返済のため、加治屋町の持ち家を売り、上之園町の借家に移り住みます。

しかし、熊吉は使用人として雇われ続けました。

 

信頼の証だね~。

 

 

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営業時間 自由
場所 鹿児島市上之園町10-13
料金 無料
駐車場 なし
アクセス 鹿児島空港から車で40分
鹿児島中央駅から車で3分
鹿児島中央駅から徒歩5分
まち巡りバス
維新ふるさと館前から徒歩5分
カゴシマシティビュー
維新ふるさと館前から徒歩3分

 

 

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西郷武屋敷跡

西郷武屋敷跡

西郷武屋敷跡

明治2年(1869年)、西郷一家は、武村の広大な屋敷に引っ越しました。

熊吉も使用人として働き続けましたが、明治4年(1871年)に西郷が政府に出仕すると、熊吉も上京して身の回りを世話しました。

 

西郷さんは、熊吉抜きでは生きられない人になってたかもね(笑)

 

 

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営業時間 自由
場所 鹿児島市武2丁目28-7
料金 無料
駐車場 なし
アクセス 鹿児島空港から車で40分
鹿児島中央駅から車で3分
鹿児島中央駅から徒歩5分
まち巡りバス
鹿児島中央駅から徒歩10分
カゴシマシティビュー
鹿児島中央駅から徒歩10分

 

 

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西郷南洲野屋敷跡

西郷南洲野屋敷跡

西郷南洲野屋敷跡

明治10年(1877年)に西南戦争が始まると、熊吉西郷の世話をするために同行。

戦争後半では、足を切断した西郷の長男・菊次郎を背負い、一家が避難していた西別府に帰還しました。

 

本当に熊吉は、縁の下の力持ちだね。

 

 

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営業時間 自由
場所 鹿児島市西別府町2790
料金 無料
駐車場 なし
アクセス 鹿児島空港から車で35分
鹿児島中央駅から車で15分
鹿実前バス停から徒歩5分

 

 

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西郷隆盛洞窟

西郷隆盛洞窟

西郷隆盛洞窟

そして、戦争がいよいよ終盤に差し掛かった時、熊吉は、西郷の妻であるから新しい着物と帯を託され、城山の洞窟まで届けました。

 

当時の城山は、政府軍に包囲されてたんだよね?

すごいな~。

 

 

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営業時間 自由
場所 鹿児島市城山町19
料金 無料
駐車場 無料
アクセス 鹿児島空港から車で40分
鹿児島中央駅から車で10分
まち巡りバス
西郷洞窟前から下車すぐ
カゴシマシティビュー
西郷洞窟前から下車すぐ

 

 

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永田熊吉ゆかりの地の地図

→ Googleマップの大きな地図で見る

 

 

永田熊吉ゆかりの地の総評

戦後も西郷家を支え続け、後に西郷の弟・従道のもとへ上京し、邸宅や庭を維持・管理しました。

 

まさに、西郷家に仕えた一生だったんだね。

 

 

 

 

 

 

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